機能安全認証における世界との距離感(第1回目)
グローバル企業の専門家が日本特有の課題/強みに触れる

欧州(EU)諸国が標準規格を策定し、主導するかたちで世界中に広まった機能安全規格。日本では、車載機器(車載系)における取り組みは比較的進んでいるものの、産業機器や家電機器、医療機器などのいわゆる「非車載系」では、取り組みの遅れが指摘されている。海外企業と比較すると、どの程度遅れているのか。遅れているとしたら何が原因なのか。遅れを取り戻すにはどうすればいいのか。

【書面やビデオ会議による事前インタビューの参加者】

Alexander Hess氏 HMS Technology Center Ravensburg GmbH、Business Unit Ixxat、Managing Director
Stefan Kraus氏 HMS Technology Center Ravensburg GmbH、Business Unit Ixxat、SafeCom Product Line Director
Stefan Skarin氏 IAR Systems and I.A.R. Systems Group AB CEO

【日本での座談会への参加者】

伊東仁氏 HMSインダストリアルネットワークス シニアエンジニア
佃和久氏 HMSインダストリアルネットワークス セールス
山田優氏 IARシステムズ ストラテジックセールス兼機能安全担当、FSEG事務局

左から Hess氏、Kraus氏、Skarin氏、伊東氏、佃氏、山田氏

今回は、安全通信のソリューションを提供する独HMS Technology Center RavensburgのAlexander Hess氏とStefan Kraus氏、組込み開発ツールメーカーであるスウェーデンIAR Systems CEOのStefan Skarin氏といった海外企業で活動する専門家たちに事前に書面やビデオ会議によりインタビューを実施し、その回答に基づいて日本側で座談会を開催した(海外の専門家たちの回答はテーブル形式で記述)。座談会には、HMSインダストリアルネットワークスの伊東仁氏と佃和久氏、組み込み機器の機能安全に特化したエキスパート集団「FSEG(Functional Safety Expert Group)」の事務局も務めるIARシステムズの山田優氏が参加した。

なお、座談会の内容は3つの記事に分割してお届けする。その第1回目となる本稿では、世界市場における機能安全関連市場の動向や、機能安全への取り組みにおける世界と日本の違いなどを中心に議論を進める。

機能安全は巨大市場に成長、安全通信の需要も拡大へ

機能安全分野/市場をどのように位置付けていますか?

IARIARシステムズ(以下、IAR)の世界全体の売上高のうち、機能安全版ツールがすでに約10%を占めており、非常に重要な市場です。
直近においても機能安全市場の盛り上がりを示すデータがあります。2021年1〜6月の第1および第2四半期におけるIARグローバルの業績をみると、機能安全版コンパイラを新たに採用するユーザー数がコロナ禍にもかかわらず、2019年、2020年と比べても急増したのです。市場セグメント別に採用ユーザーをみても、産業系、車載系、医療系など多岐にわたっており、ニューノーマルの時代になり機能安全認証のトレンドがグローバルで活発化されていく流れを示していると推測しています。
 またユーザーの中には、機能安全への対応が将来求められることを見越して、IARのツールであれば機能安全版に移行できることを考慮し、機能安全に対応していない通常ライセンス品を購入するケースもあります。つまり、機能安全版の潜在的なユーザーはもっと多い。 さらに、機能安全市場からみたIARの位置付けについても言及しておきましょう。IARは、2013年にArmコアに向けた機能安全版コンパイラを製品化しました。これは、競合他社に比べるとかなり早いタイミングです。現在では、Armコアのほか、様々なプロセッサ・コアに対応しています。恐らく、対応するプロセッサ・コアの種類は、業界最多でしょう。IARは機能安全市場においてかなり強いポジションを占めています。
HMS現在、HMSは産業用通信における重要なプレイヤーの地位を獲得しています。それに加えて安全通信に対応した製品や技術を提供することで、ユーザーに対して最良の相乗効果をもたらしています。一方で、機能安全のコモディティ化が進んでおり、機能安全ソリューションに対するコスト圧力が強まっています。つまり、技術だけではなくコストの点でも、ユーザーの要求に応えなければなりません。HMSには、これまで培ってきた技術や経験があります。これらを駆使することで、機能安全分野/市場においてコスト面でも技術面でもユーザーに貢献できると考えています。

両社の回答を拝見しますと、両社とも機能安全分野に対して自社の強みを発揮できる重要な分野と認識しています。HMSさんに伺いますが、安全通信と非安全通信の両分野の製品や技術を提供できる企業は、世界的に少ないのでしょうか?

伊東 安全通信を扱っている企業の多くは、非安全通信も扱っていると思います。ただし、製品のバリエーションは企業によって異なります。

HMSは、「Anybus(エニバス)」ブランド非安全通信のハードウェアを販売しながら、「Ixxat(イグザット)」ブランド、安全通信のハードウェア・ソフトウェアを販売しています。非安全通信と安全通信を、ハードとソフトの両方で提供できる点がHMSの強みです。

市場規模で見ると、非安全通信と安全通信はどの程度の違いがありますか?

伊東 現時点での市場規模は、非安全通信の方が圧倒的に大きいです。ただし最近は、将来的に安全通信が必要になる可能性も考慮して非安全通信製品を選ばれるケースも増えていますので、HMSとしては「必要に応じて安全通信を追加できる非安全通信」を提供していることがアピール・ポイントになります。

今後の機能安全市場と安全通信市場の見通しについて教えて下さい。

山田 IARは、ソフトウェアツールのライセンス販売がビジネスモデルになりますので、ソフトウェアの開発規模を重視しています。実は、機能安全開発は、プロジェクトの件数が多いわけではありませんが、関わるエンジニアの数は非常に多いので、ツールも数が必要になります。故にIARのようなツールメーカーにとって機能安全市場は既に重要な市場であり、これからも積極的に取り込んでいくでしょう。

伊東 機能安全市場や安全通信市場が拡大することは間違いないと見ています。安全通信に関して、特に日本におけるHMSのビジネスとしてはソフトウェアが先行していますが、HMSとしてはハードウェアのビジネスも伸ばしていきたいという思いがあります。安全通信のハードウェア製品としてはすでに「Ixxat Safe T100(以下、T100)」を用意していますが、将来的にはラインナップを拡充してユーザーのニーズに応えていきたいと考えています。

機能安全市場における売上高の成長率はどの程度ですか?

伊東 具体的な数字は公表できませんが、現在は頭打ちという状況ではなく、今後も大きく伸びると予想しています。

近い将来、米国と中国の機能安全市場が急進

現在、機能安全ビジネスで成功を収めている市場セグメントと地域について教えて下さい。

IAR特定地域の市場が特に伸びているわけではありません。各地域を細かく見ていくと、欧州は機能安全の親規格「IEC61508」を主導していることもあり、最も採用が進んでいる印象があります。北米は、今後大きな伸長が期待できる地域。APAC(アジア太平洋)では、日本で最も多くのユーザーを獲得しています。

市場セグメントで見ると、車載機器や産業機器の規模が大きいといった具合です。ここで強調しておきたいことは、市場セグメントも地域もそれぞれ広範囲にわたっていることです。例えば、産業機器と一口に言っても、アプリケーションは様々です。モーター制御機器もあれば、プログラマブル・ロジック・コントローラ(PLC)もある。日本では、機能安全というと欧州市場や車載機器市場だけを意識すれば良いと考えられているようです。しかし、グローバル視点で見れば、そうした狭いセグメントに特化して機能安全への対応が進んでいくというトレンドはないという認識です。
HMSどのような機能安全製品が必要とされているのかは、地域によって大きな違いがあります。当初、機能安全に対して非常に強い要望を示したのは欧州の自動車産業でした。具体的には、シンプルな安全入出力(I/O)モジュールが必要とされていました。現在も依然として欧州(中央ヨーロッパ)は、安全ハードウエア・モジュールの最大市場です。しかし自動車以外の市場セグメント、例えばロボットや輸送システムなどでも機能安全ソリューションの導入を加速させています。

一方、HMSの安全通信向けソフトウェア・スタックについては、日本市場が急速に成長し、大規模な市場に1つになりました。この成長を牽引しているのは、主にロボット・メーカーです。複雑な安全機能をロボット・コントローラに実装するため、HMSのソフトウェア・スタックを採用しています。

今後、大きな成長が期待できる地域や市場セグメントはどこでしょうか?

IAR成長率という点では米国でしょう。私の経験では、米国企業は「欧州企業に対して機能安全(FS)への対応が遅れている」という認識を強く持っており、巻き返しを図りたいという意識が強いようです。欧州は、機能安全認証の発祥の地なので今後も旺盛なニーズは続くでしょう。APACにおける機能安全版関連製品の売り上げに関しては、当社のケースでは日本オフィスが最も多く、売上規模という点で日本は今後も重要な市場です。向こう5年間で見た場合、アジアの中で最も成長率が高いのは中国だと推測しています。当社は韓国や台湾にもオフィスを構えていますが、それらの地域の成長はまだ少し時間がかかるという印象です。

機能安全への取り組みが必要な地域やアプリケーションは、前述の通り、横断的に広がっており、今後もこの傾向は変わらないでしょう。自動車や産業機器以外にも機能安全の要求が広がっていくとみています。その一例として面白い存在なのがスマートシティです。スマートシティでは、インフラがIoT機器に接続されるので、より高い安全性が要求されます。スマートシティ構想と機能安全が結び付くことは容易に想像できます。

一方で、地域やアプリケーションを水平的/横断的に俯瞰してトレンドをみることも大事ですが、企業ごとの課題はより複雑化しているためその課題内容の垂直的な把握が重要です。IARは、顧客が抱える課題に合わせた対応を何よりも重視しています。
HMS機能安全にとって最も有望な地域は、その重要性に目覚めつつあり、さらに自動化が急速に進展している米国と中国です。2020年には貿易摩擦や新型コロナウイルス(COVID-19)の影響を受けましたが、現在はそれが一巡しつつあり、今まさに両国とも高い購買力を持ってグローバル市場に戻ってきています。このため今後両国は、機能安全ビジネスにとって重要な地域になるでしょう。

市場セグメントについては、欧州(中央ヨーロッパ)でさらなる大きな成長が期待できます。現在、新しい形のモビリティが成長しつつあり、自動車産業は再編の時代を迎えているからです。従来の内燃機関から電動化へ移行しており、その製造工場も電動化に対応すべく変化しています。製造工場にも機能安全が必要不可欠であり、生産設備の構築において重要な要素になっています。

日本の強みである実行力・組織力を活かして

機能安全への取り組みにおける日本企業とグローバル企業のギャップは何でしょうか?

IAR日本企業の弱みは「レイト・アダプタ(Late Adapter)」である点です。競合企業が適用したのを見て、後追いで導入する。そうした傾向が強い。さらに視点が「トゥー・ドメスティック(Too Domestic)」。つまり国内を見すぎている点も弱みの1つでしょう。一方、米国企業は正反対です。スピーディでグローバル視点。これが米国企業の強みとなっています。

ただし強調したいのは、日本企業がグローバル企業と比べて遅れているわけではないことです。日本企業には「プロフェッショナル・アンド・スマート(Professional and Smart)」という強みがあります。日本企業は、プランニングした後の実行力やスマートに物事を進める組織力が極めて高い。世界中を見渡しても、日本企業に並ぶところはありません。

IARでは、ビジネスの場で最も信頼できるパートナーになり得るのは日本企業だと考えています。例えば、相手が海外企業だと、約束をしても担当者が変わってしまえば、その約束は覆されてしまう可能性があります。

一方で、日本企業はユーザーやパートナーに敬意を払う文化があります。例えば日本企業は、他国の市場を開拓する場合、その国の市場や文化を入念に調査し、敬意を払いながら参入します。しかし、多くの海外企業は勢いだけで参入してしまう。もちろん一長一短はあります。スピード感が必要なときは、勢いだけで進めた方がよいこともありますが、失敗に終わるケースが少なくありません。
HMS欧州市場のユーザーは、提供された製品について安全要求事項に関わる部分だけに着目する傾向があります。それに対して日本のユーザーは、提供された製品を非常に詳細な部分まで自分たちで理解しようとします。従って、欧州市場ではT100のような安全ハードウェア・ソリューションに関心が集まり、日本市場では安全ソフトウェア・ソリューションに関心が集まっています。

IARさんは、日本企業の信頼感に言及されています。ビジネスにおいて信頼関係を構築したからこそ生まれた成功例はありますか?

山田 先日、IARは新しいソフトウェア・ライセンスをリリースしました。この製品は、私が担当している日本のある大手ユーザーのリクエストをキッカケとして開発に着手し、そのユーザーのスケジュールに合わせて市場に投入したものです。実際には、リクエストから製品化まで数年間かかる大がかりなプロジェクトでしたが、その間にはスウェーデンのIAR本社とその大手ユーザーのマネージメント層との面談を設定するなど、信頼関係の構築に向けて地道に取り組みました。

開発着手の決定や市場投入のタイミングは最終的にIAR本社が判断しましたが、相手が日本企業だからこそ、敢えてリスクを取って顧客の課題解決に踏み込んだ製品を市場投入できたと感じています。当社の本社からみると、「日本企業は約束を守る」という信頼感があるようです。

HMSさんは、日本企業が持つ「詳細まですべて自分たちで把握したい」という傾向について言及しています。

伊東 日本企業には、日本企業の「やり方」があります。その良し悪しは単純に切り分けられません。その「やり方」は強みになる場合もあれば、弱みになる場合もあります。

例えば、日本企業は製品を購入する場合、細かなところまで全部把握しようとします。こうした傾向は、ノウハウの蓄積という点では強みになりますが、開発の効率性という点では弱みになります。これに対して、欧州企業は販売されている製品をそのまま使います。考えなくて済むことは、考えない。そうして効率化を図っているわけです。

欧州企業と日本企業の特性がよく表れているのがHMSの製品の売れ方です。日本では、カスタマイズが可能なソフトウェア・スタックがよく売れますが、欧州ではカスタマイズできない「T100」の販売が好調です。

APAC特有の「カルチャー」が影響

「機能安全への取り組みで日本企業は遅れている」という指摘は妥当でしょうか。遅れているとしたら、その原因はどこにあると思いますか?

IAR欧州企業は、自分たちで標準規格を作成し、その認証を実行する仕組みと合わせて世界に広めています。一方、アジア企業は「カルチャー・ドリブン」の傾向が強いといえるでしょう。日本企業から見れば、機能安全に対する取り組みは、これまで慣れ親しんできたカルチャーと異なる部分があるので、定着に時間がかかっているのかもしれません。ただし、だからといって日本企業が遅れていると捉えていません。なぜならば、前述の通り、日本企業はプランが決まった後の実行力が高いからです。ただ一方で、レイト・アダプタの側面があるため、プランの段階で苦労している企業が多いのも事実でしょう。そうした企業は、日本にはFSEGといったエコシステムがあるので、それをうまく活用して難題を解決してほしいですね。

「機能安全への取り組みで日本企業は遅れている」という指摘について、日本から見ると妥当だと思いますか?

山田 従来のやり方と異なる仕組みや手法を取り入れることに対して抵抗が強いカルチャーがあるというのはその通りかもしれません。特に、安心安全といった部分は、日本の製造業がもともと得意にしてきた分野なので、余計に変えにくい。一方で世界では「規格をベースとした囲い込みが進んでいる」というような状況ではないでしょうか。もどかしいのは、日本企業は本質的な技術力で負けてないのに、海外の方がうまく進んでいるようにみえる状況です。

伊東 そういった意味では、日本企業は焦りを感じているかもしれません。しかし、IARさんが指摘された通り、日本企業はカルチャーさえ浸透すれば、みんな同じ方向を見て動けます。そうなれば、日本企業の巻き返しが期待できるでしょう。

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今回の座談会参加企業
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