機能安全認証における世界との距離感(第3回目)
日本企業の機能安全対応は本当に遅れているのか?
海外企業で活動する専門家たちに事前に書面やビデオ会議によりインタビューを実施し、その回答に基づいて日本側で開催した機能安全規格に関する座談会。その内容をまとめた記事の第3回目(最終回)となる本稿では、海外企業の専門家たちの指摘や意見を踏まえて、機能安全に取り組む日本企業が抱える課題やその解決策などについて、日本側から座談会に参加したHMSインダストリアルネットワークスの伊東仁氏と佃和久氏、IARシステムズの山田優氏に議論してもらった。
【座談会への参加者】
伊東仁氏 HMSインダストリアルネットワークス シニアエンジニア
佃和久氏 HMSインダストリアルネットワークス セールス
山田優氏 IARシステムズ ストラテジックセールス兼機能安全担当、FSEG事務局
機能安全業界では、「日本企業の取り組みは遅れている」という指摘が少なくありません。一方で、HMSとIARシステムズ(以下、IAR)の本社側は「日本企業は遅れている」という認識があまりないようです。こうしたギャップはなぜ生まれるのでしょうか?
山田 日本企業は計画が決まった後はスピーディに実行できますが、計画の判断を下すまでが遅い。つまり水面下での長い検討/調査期間が長く、この期間は海外からは見えにくいのだと思います。
例えば、一般的な外資企業において本社に報告される営業活動の内容は、具体的な開発計画が決定した後の情報が大半です。一方で、日本オフィスでの担当者は、顧客との日々のリレーションの中で、開発計画が決まる前から様々なやりとりをしています。このため、検討や調査の期間が長引けば、日本オフィスの担当者は当然その状況を知っていますが、本社にすべての情報が報告されることはありません。その後、開発計画が決定し、商談が比較的スムーズに進めば、結果的に本社から見ると「順調に計画が進行している」と映ります。これがギャップの原因だと捉えています。
つまり、潜在的なビジネス機会はもっと多いということでしょうか?
山田 そういうことです。例えば、IARの機能安全版コンパイラは2013年に販売を開始しましたが、日本では2013年はほとんど売れていませんでした。しかし海外では、このころから少しずつ売れ始めています。日本で売れ始めたのは2014年に入ってからです。
売上高の推移を見ると、世界全体では2013年から2014年にかけて急増しましたが、日本では2014年に少しずつ売れ始めて、2015年に急増しました。日本は海外に約1年遅れています。
判断の遅れが取り組みの遅れに
機能安全対応製品の導入が遅れることのデメリットは何でしょうか?失敗を避けるというメリットはないのでしょうか?
山田 単純にタイム・ツー・マーケットの問題です。市場投入のタイミングが遅れれば、ビジネス・チャンスを逃します。実際のところ、IARのユーザーに「なぜ機能安全認証を取得するのですか」と聞くと、「競合企業が取得したから」と答えるところが少なくありません。このように、競合企業が製品を市場投入してから対応することになるので有利な状況にはならないでしょう。
伊東 HMSでも、まさに同じ状況で相談に来るユーザーが多いのが実情です。「ライバルのA社がこういう安全機能を載せた製品を市場投入したので、うちも同じ安全機能を備えた製品を出したい」といった具合です。機能安全の開発を始めるにあたっては、独自に長期間の調査・検討を重ねてから着手されるメーカーが少なくありません。しかし機能安全の開発においては、独学で見積ったり計画したりすることには限界があります。それよりは、様々な事例を見ている外部のコンサルタントなどにアドバイスをもらいながら、「一回やってみる」ことが大事です。日本企業では、外部のコンサルタントを利用するには色々な壁があるようです。FSEGがこの壁を打ち破る役割を果たせればと考えています。
一般的に日本企業は、競合他社との差別化要因を作りたがる傾向にあると思います。その差別化要因に機能安全は含まれないのでしょうか?
山田 家電などでは、「見える化」された差別化要因を追いかける傾向があります。しかし、機能安全に誰も対応していない状況の中で、「一番乗りするぞ」と意気込んでリスクテイクするマネージメント層は日本企業には非常に少ないのかもしれません。
佃 例えば、ロボット・コントローラ開発では、コントローラ自体の性能向上や新機能への対応が「コア」な要素であり、通信や機能安全は「ノンコア」な要素になるかと思います。従って、日本企業は本来の「コア」要素に注力しており、通信や機能安全の開発は後回しになっています。
日本企業は機能安全をあまり重要だと考えていないのでしょうか?
佃 恐らく、費用対効果の問題が背景にあると思います。機能安全認証の取得には、膨大な費用が必要になるかと思います。そのため、「製品単価にどの程度上乗せすれば、費用分を回収できるのか」という話になってしまいます。製品価格が上がることで製品が売れるかどうかわからないため、「市場が拡大するのを待って着手すればいい」という様子見の姿勢になり、結局機能安全の開発は後回しになるケースが多いのではないでしょうか。
機能安全対応の費用対効果は誤解されて見積もられている
日本企業にとって機能安全はコストであり、売り上げに対してプラスに働くと考えていないということでしょうか?
佃 プラスに働くと考えていない可能性は高いと思います。さらに、機能安全に対する要望は、国内の顧客よりも海外の顧客の方が強いため、切迫感がなかったことも積極的ではない一因だと思います。
山田 費用に関する見積もりが甘いことも、日本企業が機能安全認証に対して消極的な理由の1つでしょう。私が担当しているユーザーは大きく2つのケースに分けられます。機能安全の工数やコストを過大に見積もるケースと、過小に見積もるケースです。
過大に見積もるのは、日本人の良さが裏目に出てしまい、規格書を読んで最も過剰に取り組んでしまうケースです。例えば、冗長化するためにマイコンを絶対に2個使わなければ機能安全認証を取得できないと思い込んでしまう。それで部品(BOM)コストを計算すれば、当たり前ですが2倍になります。これでは費用対効果は悪化します。
過小に見積もるのは、日本企業なのだからそもそも品質が高いため簡単に取得できると思い込んでしまうケースです。こうした思い込みのまま着手すると、認証機関とのコミュニケーションがうまく取れずに、ズルズルと時間とコストを浪費してしまうことになり兼ねません。
こうした事態を未然に防ぐには、やはりプロの力を借りるべきです。FSEGには、様々な分野のエキスパートがいます。安全通信向けソフトウエア・スタックであれば、HMSさんが定量的なデータを持っています。ツール認定の工数であれば、IARが正確かつ具体的に見積もれます。機能安全認証に取り組む際は、プロの力を借りてコストを正確に見積もることが重要です。
できるだけ早いタイミングで相談に来てほしい
こうした日本企業が抱える課題を解決するには、どうすればいいのでしょうか?
山田 一番強調したいのは、相談するタイミングです。業界内でよく聞く話ですが、日本企業は海外に比べると相談に来る時期が遅い傾向にあります。例えば、機能安全を正しく考慮せずに設計を完了させた段階で、「このコンポーネントを機能安全認証済みのものに変更したいので供給して下さい」という要望を伝えてくるケースです。
機能安全は、設計に着手した初期段階から考慮すべきものであり、認証済みのコンポーネントを使えば、それを搭載する機器/システムの認証を取得できるものではありません。伊東さんが指摘された通り、早い段階で認証機関とコミュニケーションを取り始める必要があります。最初の段階でボタンを掛け違えると、その後にいくら費用をかけてもどんどん手戻りしてしまう。これでは費用も時間も浪費するだけです。
FSEGのような相談先は、日本国内では非常に少ないので、できるだけ早い段階で声を掛けてもらいたい。経営者であれば経営判断の前のタイミング、事業部長であれば開発企画の段階、開発マネージャーであれば開発を始める前のタイミングといった具合です。早い段階であれば、我々も潜在課題の発見や、最適な解決案の提示、経営判断に必要な情報提供などを十分にできます。是非、まずは相談に来ていただけるとうれしいです。
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1〜1.5時間程度で機能安全認証の工数、難易度、世界観をできるだけ具体的にお伝えします。
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